保健Occupational Health予防医学Health
2021.10.01
変化する定期健康診断の意味-就業判定から健康経営へ-
保健Occupational Health予防医学Health
皆さんは、毎年健康診断を受けていますでしょうか。会社の定期健康診断とは、会社が従業員に実施するよう法律で義務付けられているものです(労働安全衛生法第66条)。ちなみに、世界を見てみると、会社に実施義務があり、おまけに会社がその健診結果を把握する、という国は非常に稀です。
私は産業医として、従業員の健診結果を確認し、その方の業務内容と照らし合わせ就業判定を出す責任があります。つまり「働いて良いか」、「何かしら就業を制限して治療を優先すべきか」、「治療で安定するまで就業禁止とすべきか」という判定です。たとえば、夜勤業務をしている方が健診で「血圧が高い」や「糖尿病かもしれない」という可能性があった場合、夜勤業務で病気が悪化する、もしくは体の状態が悪化して夜勤中に倒れてしまう、といったことが考えられます。他にも、心電図で失神の可能性がある不整脈が出ている方の運転業務はどうするか等、体の状態と仕事を適切に評価をしなければいけません。
会社毎の環境や状況からリスクを把握し、従業員が安全に働くことを担保する。これが法律で定められた健康診断の目的です。しかし、最近はこの目的に加え、予防的な意味も含まれてきていると感じています。
|健診の意味合いは就業判定から予防に変化オフィスワーカーが多い職場で産業医をしていると、ほとんどの方がデスクワークなので、健診結果が異常でも、それだけですぐに「就業停止」となることはあまりありません。特に最近はリモートワークも増え、電車や車通勤がないために、例えば心電図で異常があっても就業制限をして急いで受診をしなければいけない、という状況は少なくなってきました。
一方で、健診を「自分の健康状態のため」として捉えなおす方や、会社としても生活習慣病やメタボリックシンドロームに対して、積極的な取組みをはじめるところが増えているように思います。つまり、就業判定だけではなく、自分の健康管理として健診結果を活用し、病気の発症を未然に防ぐ流れが出てきているのです。
皆さんの中には、以前からそのような視点で健診を活用していた方も多くいらっしゃると思います。結果を見て、去年よりも「体重が増えた」「血圧が高くなった」「コレステロールが増えた」という変化から、ジムに通い始めた、食事に気を付けるようになった、と、何かしら生活習慣を変えるきっかけになったという方は少なくないと思います。
会社の企画として、社内食堂を作った、スポーツ大会をはじめた、産業保健スタッフにアルコールや喫煙についての健康教育をお願いした、といったところもあるでしょう。また、身体面の病気だけではなく、社内のメンタルヘルス不調者が出てきていることから、トータルで予防的なアプローチが必要になってきた、という会社も増えてきているのではないでしょうか。
|定期健診に、予防活動としての意味が付加されてきた
元々、従業員が安全に働くことを担保するためにはじまった定期健診ですが、その意味合いや活用方法が変化してきています。これまでの法整備や社会の発展によって、就労環境が昔に比べ安全になってきている背景も、会社や従業員がより予防にシフトできる状況へと後押ししているかもしれません。予防には三段階あります。一次予防:病気の原因となる要素の除去や回避し、健康を増進するための取組み二次予防:病気の早期発見・早期治療をし重症化を予防する取組み三次予防:病気が進行しても、再発防止、リハビリ、社会復帰を目指す取組み
定期健康診断には、上記の内、二次予防に近い意味合いが含まれるようになってきました。悪化する前に病気を見つけ、適切な保健指導や治療につなげること。これもまた職場の産業保健スタッフの重要な役割の1つです。日本は定期健診が法律で定められており、会社がそれを把握しなければならないため、外国人労働者の中には不思議に思われる方も少なくありません。日本的な文化慣習を反映する部分も少なからずあると思われる健診実施義務ですが、一方で健診データは個人の重要な資産でもあります。もし、健診は受けっぱなしになっていて、結果は見ていないという方がいましたら、是非今年の分から手にとってみてください。そして、毎年の変化を見ていくことをお勧めします。
|健康経営の取組み事項としての位置づけ健診結果の活用は、健康経営の文脈においても外せません。2015年、経産省と東証が共同で健康経営銘柄を発表して以降、企業にとって従業員が健康で活躍する環境を整えることが社会要請として高まってきています。健康経営の項目の中には、法定の定期健康診断を従業員全員が受健することや、有所見者には受診勧奨を適切に行うこと、それ以外にもメンタルヘルス、女性の健康、禁煙活動等、広く従業員の健康についての施策を打ち、PDCAサイクルを回すことが求められてます。法的な義務を伴うものとそうでないものも、もはや有機的に関連付けて、従業員の心身の健康、ウェルビーイングの達成に向けて活動を続けていくような制度になっています。
健康経営銘柄取得のための活動は、簡単にできるものではありません。でも、なぜ多くの企業が健康経営に関心を寄せているのでしょうか。企業は、従業員一人一人の活性化と生産性を高めることにより、企業の業績と価値の向上につながることを期待しているのです。また、採用目線では、優秀な人材に向けたアピールにもなることでしょう。同じ職種でも、健康経営銘柄を取得している会社の方が安心という判断も十分にありえます。また、健康保険組合の視点からは、健康層がより増えることで、医療保険の支出が減り、財政的な安定が見込まれます。
特に上場企業においては、従業員の健康と安全に取り組む姿勢を明示し、投資家からの理解と評価を得ることは、中長期的な発展に欠かせないものとなります。SDGsやESG投資の流れをみても、企業は単に財務上の利益だけではなく、従業員、ひいては地域においてもその責任は明確で重いものになりつつある、と言えるのかもしれません。
社会の発展に伴い、会社や従業員の健康と安全に対する意識もニーズも変わってきています。労働が原因となる事故や病気を防ぐとともに、活き活きと働くというポジティブな取組みにも関心が高まっているのです。産業保健職は、働くことによる健康障害やリスクを可能な限り軽減し、さらにはより活き活きとした姿に向けて、企業と共に取り組むことが求められていると私は思います。次回は、昨今の課題であるメンタルヘルスについて、そのポジティブな活動とは何か、について考えてみたいと思います。・・・
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2021.10.01