お気に入りの本Work Attitude
2021.12.15
自分の限界は、自分で設定している
お気に入りの本Work Attitude
「離職率の低下」。これは、おそらく多くの人事担当者が抱えている組織課題の1つだと思います。離職をする時に本人と面談をしても、本当の答えを引き出すことは難しいし、そもそもそのアプローチで導かれたものが、そのまま「組織課題」になるのか。産業医経験を積むにつれ、私自身の悩みの1つになっていました。しかし、先日読んだアダム・グラントの「Originals 誰もが『人と違うこと』ができる時代」(2016年)で全く違う見方があることに気づかされ、点と点が結ばれるような思考体験をしたのでご紹介したいと思います。
|「ありもの」か「より良い選択肢」か著書の中で紹介されているハウスマンの研究では、従業員の離職や満足度には、驚くことに、「検索ブラウザの選択が関係している」といったことが指摘されています。具体的には、検索エンジンにファイアフォックスかクローム使っていた従業員は、エクスプローラーやサファリを使っていた従業員よりも、15%長く勤務し、19%欠勤率が低く、顧客満足度も高く、そこに至る期間も短かったのです。
この研究対象となった企業では、使用パソコンがウィンドウズならエクスプローラーが、マックならサファリが標準装備されています。ファイアフォックスやクロームを入手するためには、従業員はわざわざダウンロードしなければなりません。しかし、このことが、結果として、双方の仕事への取り組み方や考え方を示すものであったというのです。
「今あるもの」をそのまま使わず、みずから行動を起こし、自分の好みやより良い選択肢を模索する、という習慣。
ファイアフォックスやクローム使用の従業員たちは、会社からのマニュアルがあっても、それが変動しない固定化したもの、と捉えません。営業や顧客の疑問点に対応する中で、何か新しい方法はないだろうか、と修正をかけることができていたというのです。
著者のグラントも、「既存のやり方は変えられない」と思い込む従業員に対してワークショップを開きます。そこで、何百人もの参加者に「仕事は静的な彫刻ではなく、形状を変えられる積み木のようなもの」と、伝えていくのです。指示された仕事の中ででも、自分自身で設計し直し、自分のスキルや価値観に沿って課題や人間関係を作り出す事例を複数提示する中で、それまで「自分の職務は不動のもの」と考えていた従業員も、「仕事は自分でつくることができる」と、捉え方が変わっていくのです。そして、このワークショップで指導された従業員は、後に幸福度と成果が大きく上昇し、「自分の限界は、自分で設定していた」ことに気づいたというのです。
|ジョブ・クラフティング=仕事を自分でデザインする産業保健や経営学領域においても、ジョブ・クラフティングという類似した概念があります。これは、「個々人が仕事や人間関係を物理的・心理的・認知的に変化させること 」(Wrzesniewski and Dutton, 2001)を意味し、働く人々が、自分の働き方を工夫するという能動的な側面を重要視するものです。
ジョブ・クラフティングには、3つの形式があります。1. 仕事をする際の活動の形式や量などを変えるタスク境界の変更2. どのように自分の仕事を見るかを変える認知的なタスク境界の変更3. 仕事中に相互作用する相手に関してその質や量を決める関係的境界の変更(1)タスク、認知、人間関係は流動的なものであり、それに対して自分自身で工夫を凝らして新たな意味付けをしたり、方法を変えることで、仕事から経験できることを変えていく。最初から大きなことに取り組まなくても、目の前の小さなタスクに対して、「自分だったらこうするかな」と思考を巡らせてみることでも良いのです。
皆さんは、こんな経験はありますか。カフェに立ち寄り、持ち帰りのコーヒーをオーダーしたら、紙カップに「今日も素敵な1日をお過ごしください♪」といったメッセージが入っていた、という経験。メッセージやイラスト入りのカップを見ると、「自分のための」「手作り感」を味わい、客として嬉しくなる瞬間ですよね。
紙カップに書いた従業員の方も、喜びや仕事満足度を感じていると予想できます。何もないカップを渡すよりも、ある程度の裁量を持たされ、顧客が満足するために何かできないかと考え、実行に移す。みずからの創造的活動が客の笑顔につながることで、金銭以上に感情的な報酬を得ることができる。これは容易に想像できます。そして、これもまたジョブ・クラフティングの実践例の1つです。
|自由は、意外とそこにある目の前のマニュアルやタスク、業務の進め方等は、一見「変えてはいけないもの」と思いがちです。しかし、そのままやり続けて、結果として生産性やモチベーションが下がるのであれば、本末転倒ではないでしょうか。いつもはメールのやり取りだけど、たまにはクライアントとビデオチャットをしてみる。座ったままのミーティングを、立ってやってみる、もしくは外を歩きながらやってみる。日常業務の中で、ちょっとした変更を加えることで、自分の心理状態には大きな変化がもたらされ、満足感につながることがあります。
「これは、そういうものだ」から、「もっと良い方法はないかな」と、一歩下がって工夫を凝らしてみることで、がんじがらめの業務の中に自由領域を見出していきましょう。そして、冒頭の「離職率の低下」においては、グラントが指摘するように、「自分のスキルや職務は変えられない」という固まった考えを柔軟に捉えるようすすめるだけで、自分の仕事を形成したり、新たな能力を開発することにつながり、社内昇進や異動というキャリアにつなげることが可能だと言えるのです。
本書は、言われてみれば当たり前のことですが、頭で理解することと、体で理解することに大きな隔たりがあったことに気づく1冊でした。きっと、今のモヤモヤの解決策に、大きなヒントになってくれることでしょう。
引用文献(1) 高尾 義明、ジョブ・クラフティングの思想 ― Wrzesniewski and Dutton(2001)再訪に基づいた今後のジョブ・クラフティング研究への示唆 ―(2020年)・・・