2021年11月、ハーバードビジネスレビューにおいてメンタルヘルスに関連した記事が掲載されました。その中で、次のような文が書かれています。
”企業にいま求められているのは、メンタルヘルスを個人の問題として対処するのではなく、組織としてメンタルヘルスをサポートできる企業文化の構築に取り組むことだ”
「メンタルヘルスの課題は、個人ではなく企業が取り組む。」
このことに関して、賛否両論あると思います。しかし、私自身が産業医として労働者のメンタルヘルスに向き合う時に、その要因がほぼ職場にあり、それらが複雑に絡みあっている状況は決して少なくありません。自己管理で対処できる範囲を超えて、組織の課題として捉えなおしが必要になってきていると痛感しています。
一方で、「メンタルヘルスをサポートできる企業文化」を、一朝一夕でつくることは、当然ながら容易ではありません。1つの組織の中での変化は、制度や規定といったハード面以上に、そこに所属する人たちの価値基準が変わることが最も重要であり、時として抵抗感や違和感を伴うのは自然なことだと思います。
|組織によって「文化」は様々
そもそも企業文化とは何でしょうか。私は、「その集団の中で、ある出来事が起きた時に、一般的に想定される反応」と考えています。例えば、社員がミスをした時に、周囲の同僚や上司はその人の責任を追求するような態度を示す、といったことがあったとします。この時、このチームにおいては、失敗をした当人を特定することや、その人の能力やスキルに問題があるという見方をすることが当たり前であり、そうすることで個人の能力向上を期待することが「善し」とされている、と言えます。
一方で、問題が起きた時に、社員がミスをしたのは自分の確認が不十分だった、サポートが不足していたからだとし、上司をはじめ、チーム全体で責任を感じ、最終的に上司が責任を取りクライアントに謝罪等の行動をとる、というチームもあります。このチームでは先のチームと違い、失敗は個人の能力ではなく、チームプレイや上司に課題があり、それを強化していくことが「善し」とする価値観が現われていると言えます。
業務上の失敗や困難な場面において、周囲や上司がどう反応するか。日々の言動から自然に形成される雰囲気が、いわゆるそのチームの「文化」と言えるのではないでしょうか。そのチームや組織の中で、何が善しとされ、何が受け入れるべきではないとされているのかは、一見自明なようで、実は各自が明確に認識しているとは限りません。特に、新入社員や中途入社の方が、所属するチーム文化を瞬時に把握するのは容易ではありません。実際、昨今の在宅勤務では、チーム間の会話が見えづらいため、困った時にヘルプを出していいか、出したときにどんな反応をされるか、といったことに不安や懸念を抱く方は決して少なくないのです。これは、産業医面談をしていて感じる、現場のリアルな実情の1つです。
|メンタルヘルスは、組織全体の活力に関わる
メンタルヘルスの予防対策には、一次、二次、三次という段階的なものがあります。二次予防は早期発見、早期治療で重症化するのを防ぎます。三次予防では、休職者が再度職場に復帰できるように支援をします。では一次予防とは何か。これこそが、職場でメンタルヘルス不調者を出さないようにするための取組みです。これは、個人が自らの体調管理をするだけでは決して十分ではなく、企業の管理職やトップ層が明確な意思を持って取り組むことで、はじめて実効力を持つものです。
なぜ一次予防は組織で取り組まないといけないのでしょうか。私がメンタルヘルス不調を抱える社員と面談をする時、心身の状態以外に確認することとして、「今の生産性」があります。「とても調子の良い時を10点としたら、今の生産性はどれくらいでしょうか。」この質問をすると、「5点」や「6点」といったことはよくあります。そのような状態では、すでに日中にこなせる業務量・質はかなり低下しており、不安や焦りは増強し、さらに長時間労働や不眠につながるという悪循環に陥りかけています。
産業医面談では、このような社員には速やかに受診をしてもらうと同時に、職場の上司や人事と連携をとって、就業継続による悪化を回避すべく、就業制限や就業禁止を意見します。しかし、1人欠員が出ると、現場では混乱が起きやすいものです。チームから不調者が出たことで、周囲の同僚たちは業務面だけでなく、気持ちの面においてもマイナスの影響を感じがちです。上司においては、自分のマネジメントに問題があったのではないかと不安や自責の念を感じる方もいます。一見、「1人の不調者が出ただけ」とも見えていても、現場での目に見えない心理的な負担を過小評価すべきではないと、私は考えています。というのも、現実的に同じところから2人目の不調者が出てしまうことは決して少なくないからです。
残されたチームメンバーへの負担が甚大になることは容易に想像できます。全体としての活力は急激に縮小する一方で、メンバーのメンタルヘルスへの不安はさらに増強する可能性があるのです。
ではどう予防できるのでしょうか。一次予防とは、不調者を出さないための取組みです。特に、異動してきたメンバー、最近上司やプロジェクトアサインが変わったメンバーに対しては、個々の「変化に対する適応力」を注意深く観察していくことが必要です。変化に伴うエネルギーはとてつもなく大きいものです。そこをうまく乗り越えているだろうか、不安と期待のバランスは崩れていないだろうか、といった質問で、相手の状態を確認できていますでしょうか。メンバーが、日々仕事とどう向き合っているかにおいては、業務の進捗管理以上に配慮と確認が必要です。なぜなら、良い仕事をするには、その人の心身のコンディションが整っている必要があるからです。個々が自らの体調管理を意識するのはもちろんですが、そもそもそれができる職場環境を醸成することが重要です。
生産性や活力が重要であるほど、個々のコンディションを整えていくために必要なサポートを提供していく必要があるでしょう。
疲れは溜まっていないか
業務上の不安はないか
自らの適性に合う形で仕事が進められているか
休日まで仕事をしなければいけない状態になっていないか
必要なサポートやナレッジにアクセスできているか
このような言葉がチームの中で当たり前に交わされることで、個々が困難や不安を一人で抱え込んだり、孤立化するのを防ぐことにつながります。ポジティブな企業文化は、放置して勝手に醸成するものではありません。不調者を出さないためには、上流への介入、つまり経営層や管理職が、職場で健康障害を起こさない、活力のある組織をつくることへの明確なコミットが必要だと考えます。
是非、皆さんのチームや組織の文化が、一人一人のメンタルヘルスにどう影響しているか、考えてみてくださいね。
